U.S. TREASURY ─ 米国債
長い金利だけが下がり、
2日で戻った
8月19日、米財務省が長期国債の買い戻し枠を広げると発表した。30年債は9bp下げ、2営業日で発表前の水準に戻った。しかし金とドルは戻らなかった。今週の全市場は、この一点から説明できる。
米国債利回り
8/12-8/24 / 破線=8/19 財務省の発表日 / 出所 FRED
米30年債米10年債米2年債
5.435.084.734.384.03
08/1208/1308/1408/1708/1808/1908/2008/2108/2308/24
2年債は8/19に1ベーシスポイントも動いていない。中央銀行の量的緩和なら金利は全期間が下がる。今回はカーブの形が変わっただけである。
| 指標 | 8/18 発表前日 | 8/19 発表当日 | 8/21 2営業日後 | 結果 |
|---|
| 米30年債 | 5.28% | 5.19%(−9bp) | 5.27% | 戻った |
| 米10年債 | 4.71% | 4.65%(−6bp) | 4.74% | 戻った |
| 米2年債 | 4.19% | 4.19%(±0bp) | 4.24% | 最初から動いていない |
| 30年−2年の差 | 109bp | 100bp | 103bp | 形が変わっただけ |
| 米10年 実質金利 | 2.41% | 2.35% | 2.40% | 戻った |
| 10年 期待インフレ率 | 2.30% | 2.30% | 2.34% | 上がったまま |
| ドル指数 DXY | 99.66 | 98.83 | 98.80 | 戻っていない |
| 金 | 4,334.52 | 4,522.80(+4.34%) | 4,603.56 | 上がり続けた |
30年債は5.19%まで下がったあと5.23%、5.27%と戻り、発表前の5.28%とほぼ同じ水準に着地した。2年債はむしろ4.19%から4.24%へ上がった。債券市場は「一時的なもの」と採点した。
一方で金は上がり続け、ドル指数は98.8台に張りついたままである。同じ利回り水準に戻ったのに、その中身は入れ替わっていた。8月18日から21日にかけて、実質金利は2.41%から2.40%へ下がり、期待インフレ率は2.30%から2.34%へ上がった。金は実質金利で動く資産である。ここに答えがある。
BUYBACK ─ 買い戻しとは何か
財務省はまだ1ドルも買っていない
実施は9月9日からである
8月19日に公表されたのは、残存10〜20年と20〜30年の買い戻し枠を1回20億ドルから40億ドル以上へ引き上げるという方針である。増額分の実施期間は9月9日から11月4日。市場が反応したのは実弾ではなく合図だった。まず、その仕組みを図で押さえる。

図の要点は3つ。①長期債を買い取り、短期債を新たに発行する。②現金の出入りが相殺されるので、市場に出回るお金の量は変わらない。③長期の需給が締まるのでイールドカーブはフラット化する。
では、これは何を意味するのか
仕組みは上の図のとおりである。ここから先が、今週の相場にとっての意味になる。
意味① まだ実行されていない
図に描かれた動きは、9月9日から11月4日にかけて行われる予定のものである。8月19日に起きたのは発表だけで、実際の買い取りはまだ1件もない。それでも30年債は9bp下がった。市場が反応したのは実弾ではなく合図である。
意味② 借金は1円も減らない
現金が相殺されるということは、お金が増えないのと同時に、国債の総額も減らないということである。買い戻しの原資は税金か新しい借金しかない。政府は自分でお金を作れないからである。これは債務の返済ではなく、借り換えにあたる。
意味③ 狙いどおりカーブはフラット化した。ただし2営業日で戻った。
図が示すとおり、この操作は長期の金利を下げて短期には効かない。実際に8月19日、30年債と2年債の差は109bpから100bpへ9bp縮んだ。そして2年債は1ベーシスポイントも動かなかった。図の想定どおりの動きである。しかし8月21日には103bpへ戻り、30年債も発表前とほぼ同じ5.27%に着地した。債券市場はこの操作を「一時的なもの」と採点した。
意味④ 満期は短くなる。ただしそれは結果であって、目的ではない。
クーポン債の入札規模が据え置かれている以上、増える分の調達は短い年限に寄る。その結果として債務の平均満期はいくらか短くなり、金利が上がったときに利払いへ跳ね返るまでの時間も短くなる。ただし財務省は満期構成の変更を目的に掲げてはおらず、原資には手元資金も充てられるため、「30年債を売って2年債に置き換えた」と1対1では言えない。規模も押さえておく。1回40億ドルは発行残高全体の1%を大きく下回り、財務省は今四半期に民間保有分だけで7,390億ドルを借り入れる見込みである。今回の増額だけで平均利払いコストの傾きが変わるとは言えない。数字で確定させるには米財務省が月次で公表する国債の平均利率の系列が必要で、当方はまだ取得していない。
意味⑤ 長期金利を動かす仕事を、中央銀行ではなく政府が始めた。
長期金利を抑えるのは、本来は量的緩和、つまり中央銀行の領分である。それを政府が国債の発行構成で行うと、金融政策と財政政策の境目が薄くなる。今週、金とドルだけが元の水準に戻らなかったのは、ここが理由である可能性がある。金利の話ではなく、通貨の信認の話だからである(第3面)。ただしこれは当方の解釈であり、金の上昇には対イラン追加制裁と日銀の利上げ観測も同時に効いている。
それでも誤解されやすい2点
| よくある理解 | 実際 |
|---|
| 入札で売れ残ったから政府が引き取った | 買い戻しの対象は過去に発行された古い銘柄である。米国債の入札は原則として全額消化される。財務省の説明も需給対策ではなく、売買しにくくなった古い銘柄に売却の機会を用意する流動性支援である |
| 米国の40年債が売れていない | 米国債の最長は30年である。40年債があるのは日本。今週記録を更新した30年債・40年債は日本国債の話であり、別の市場の出来事である(第5面) |
STRUCTURE ─ 米国債は誰が買っているのか
金利が上がって困る理由は、
買い手の顔ぶれが変わったことにある
ここまでは先週の数字の話である。ここから先は、先週も今週も来週も変わらない構造の話になる。米国債の買い手は、この5年で「壊れにくい人」から「壊れやすい人」へ入れ替わった。そのうえで金利が上がっている。これが今の相場の土台である。
まず、よくある説明はデータと合わない
「日本が米国債を買い支えている」という説明を、一次データで確かめる。
米国債の保有額 2022年末→2025年末の増減
単位:十億ドル / 出所 米財務省 TIC(mfhhis01)
ケイマン諸島
292.6 → 421.2
+128.6
ルクセンブルク
329.3 → 434.2
+104.9
日本
1,075.1 → 1,185.5
+110.4
-320-160+0+160+320
伸びた場所は、どれも「国」ではなく「金融センター」である。英国・ケイマン諸島・ルクセンブルク・ベルギーは、いずれもファンドの籍地や保管地であり、実態は「ロンドン経由のファンドが買った」「ケイマン籍のファンドが買った」である。日本は3年で1,104億ドル増えたが、英国の2,894億ドルには遠く及ばない。中国は1,836億ドル減らした唯一の大口である。
米財務省のTIC統計は、第三国の保管機関を経由した保有を正しく国に帰属できないことを自ら注記している。つまり「英国が買った」という数字の中身は、英国政府でも英国の銀行でもない。日本が買い支えているという説明は、この10年の話としては成り立つが、2022年以降の増分を説明する力はない。
では誰が買ったのか
米財務省の調査機関が、先週8月19日に最新の推計を公表した。
ヘッジファンドの現物米国債保有
(2025年末)
2.0兆ドル
5年前の約3倍
市場性国債残高に占める割合
7%
統計開始以来の最高。2022年末は約3%
同じ期間の国債残高の伸び
+29%
28.9兆ドルへ。保有の伸びが発行の伸びを上回った
ヘッジファンドの先物ショート
1.4兆ドル
現物を買い、先物を売っている
この数字の出どころ。米財務省の金融調査局(OFR)が2026年8月19日に公表したもので、SECへの届出(Form PF)とCFTCの建玉データから推計している。同じ推計で、資産運用会社の先物ロングは約1.7兆ドル。運用会社が先物を買い、ヘッジファンドがその反対側で売っている。なお、この取引の規模そのものの推計は3,500億〜1.5兆ドルと機関によって幅がある。FRBの2026年6月の推計では2025年9月時点で約8,300億ドルで、民間が保有する国債の3.5%にあたり、これは統計開始以来の最高である(2020年初のピークは2.5%)。
なぜヘッジファンドが買えるのか
答えは「レポ」という短期の資金調達にある。ここが分かると全部つながる。
EXPLAINERレポ=国債を質草にした、一晩の借金
お金を借りたい人が、持っている国債を相手に渡して現金を受け取る。そして「明日、少し利息を付けて買い戻す」と約束する。形のうえでは「国債を売って明日買い戻す」だが、実態は国債を担保に一晩お金を借りているのと同じである。このとき払う利息の率がレポ金利である。
例え話。時計を質屋に預けて現金を借り、明日ちょっと多めに払って時計を取り戻す。その「ちょっと多め」がレポ金利にあたる。国債は世界でいちばん安全な担保なので、この金利は通常きわめて低い。だから何度も回せる。
ヘッジファンドはこれを繰り返す。少ない自己資金で国債を買い、それを担保にお金を借り、そのお金でまた国債を買う。この連鎖で、手持ちの何十倍もの国債を持つことができる。一回の取引で得られる利ざやは1〜2ベーシスポイントしかないが、何十倍にすれば十分な利益になる。これがこの5年で起きたことである。
なぜ銀行ではなくヘッジファンドなのか。2007〜09年の金融危機のあとにできた自己資本規制が、銀行やディーラーのバランスシートに国債を積む余地を狭めた。ヘッジファンドにはその規制がかからない。国債の発行が増え続ける一方で、規制で動けない銀行の代わりに、規制のかからない主体が引き受け手になった。
平時は問題ない。異常時に壊れる
この構造は、市場に流動性を供給している。それが止まったときに何が起きるか。
ストレス時の連鎖
国債は、あらゆる金融取引の担保として使われている。その値段が崩れると、国債を担保にしていた別の取引も同時に崩れる。2020年3月に実際に起きた。止めたのはFRBで、市場から国債を買い上げるしかなかった。
問題は、誰かが悪いことをしているわけではない点にある。
ヘッジファンド1社1社にとって、この取引はきわめて合理的である。利ざやは小さいが確実で、リスクは自分で管理できると考える。しかし全員が同じ取引に殺到すると、市場全体では同じ持ち高が過密に積み上がる。平時は誰も困らない。ショックが来たときに、全員が同時に出口へ向かう。各自の合理性が、全体の脆さを作っている。そして彼らは、ショックのときにFRBが介入することを経験として知っている。
もう一つの爆弾は、利払いである
金利が上がると、政府が払う利息が増える。それは他の支出を押しのける。
米国の利払い費(純利払い)
単位:十億ドル / 2021〜2025は実績、2026以降はCBO予測 / 出所 CBO・米財務省
2021年から2025年で約2.8倍になった。利払いはすでに国防費とメディケイドを上回っており、社会保障に次ぐ規模である。CBOは2029年にメディケアを抜いて第2位になると見込んでいる。
| 2021年 | 2025年 | 2026年(見込み) | 2036年(CBO予測) |
|---|
| 利払い費 | 3,520億ドル | 9,700億ドル | 1兆ドル | 2兆1,000億ドル |
| GDPに対する比率 | 1.6% | 3.2% | 3.3% 1991年の記録を更新 | 4.6% |
| 税収に占める割合 | 約10% | 18.5% | 18.6% | 25.8% |
| 公的保有の債務 | — | 対GDP約100% | 101% | 120% 第二次大戦直後の106%を超える |
ここで効いてくるのが、第2面で見た満期の話である。
利払いが増えるのは、新しく借りる分だけではない。すでに発行済みの国債が満期を迎え、それを高い金利で借り換えるときにも増える。CBOは、2010年から2021年の米10年債利回りが平均約2.2%だったのに対し、2023年以降は4%を超えて推移しており、2036年まで平均4.3%程度と見込んでいる。2%で借りたものを4%で借り換えれば、同じ借金でも利払いは倍になる。だから第2面で見た「満期が短くなる」という話が、ここに直結する。
そして、これが回り始めている
金利上昇が利払いを押し上げ、それがさらに発行を増やし、また金利を押し上げる。
抜け出しにくい輪
→
→
→
→
→
→
→
→
⑤ 買い手を探す
銀行は規制で動けず
残るのはレバレッジ
⑤から①へ戻る。買い手が細れば金利はさらに上がり、①に戻って輪が一周する。政府に残された道は2つしかない。支出を削るか、より高い金利で借り続けるかである。削る先は防衛費・社会保障・医療といった、削りにくいものばかりになる。
要は、こういうことです大きな爆弾を抱えたまま、金利が上がっている
米国債という、世界でいちばん安全なはずのものが、いま「一晩の借金を毎日つなぎ直している人たち」に大量に持たれている。その人たちは規制の外にいて、資金が途切れれば一斉に売る。これが1つ目の爆弾である。
同時に、金利が上がるほど政府の利払いが膨らみ、その分だけ国債を増発しなければならない。そしてその増発分を引き受けるのは、また同じ人たちである。これが2つ目で、1つ目と2つ目はつながっている。
第2面で見た買い戻しも、常設のレポ制度も、この構造への手当てである。当局は買い手を名指ししないが、買い手が壊れないように配管を作り替え続けている。今週、政府が長期債の買い戻し枠を広げると言っただけで金利が下がったのは、市場がその配管の存在を強く意識しているからである。
ただし、これは今週始まった話ではない。第1面と第2面が先週の3営業日の話であるのに対し、この面は数年かけて積み上がってきた土台の話である。今週の数字が上下しても、この土台は変わらない。だから毎週の数字を読むときは、この土台の上で読む必要がある。
この面で当方が確認できていないこと。①レポ市場の直近の緊張度。米国には常設のレポ制度があり、その利用額が最も早い警戒信号になるが、当方の監視系列に入っておらず今週の値を確認していない。②ベーシス取引の2026年に入ってからの残高。上に挙げた8,300億ドルは2025年9月時点、2兆ドルは2025年末時点である。③この構造がいつ壊れるかは、誰にも分からない。CBO自身が「財政危機の確率は信頼できる形で数値化できない」「債務残高がこの水準を超えたら危機になるという転換点は特定できない」と明記している。当方も同じ立場を取る。いつ起きるかではなく、起きたときに何が連鎖するかを見ておく、というのがこの面の役割である。
ASSET ROTATION ─ 資金の移動
お金は株から出て、
金とビットコインへ動いた
全面的な逃げではない。売られたものと買われたものが、はっきり分かれている。ダウは−0.08%で動いていないのに、ナスダックは−2.49%である。
8月17日から24日の騰落率
単位:% / 上昇=赤、下落=青 / 出所 Money Flow Explorer v8(51系列)
ビットコイン
8/17 64,525 → 8/24 78,725ドル
+22.01
金
4,416.82 → 4,668.60ドル
+5.70
ダウ
53,459.78 → 53,417.16
-0.08
S&P500
7,745.06 → 7,652.96
-1.19
ラッセル2000
3,057.54 → 2,996.63
-1.99
ナスダック
26,644.91 → 25,980.19
-2.49
TOPIX
4,184.11 → 4,073.29
-2.65
日経225
69,220.25 → 65,528.09
-5.33
-24.0-12.0+0.0+12.0+24.0
長期金利が高いままだと、利益が先の年に集中している会社ほど評価が下がる。売られたのは市場全体ではなく、そこに偏った部分である。そして出ていった資金は現金に戻らず、金とビットコインへ向かった。
ビットコイン・金・ナスダックの動き方
各系列の期間内の最安値を0、最高値を1に揃えてある。水準ではなく形の比較
ビットコイン金ナスダック
1.10.80.50.2-0.1
06/2507/0307/1407/2308/0308/1208/24
7月から8月前半にかけて3本はばらばらに動いていた。8月中旬以降、ビットコインと金が同じ方向へ、ナスダックが逆方向へ振れている。
この資料の解釈「お金そのものが薄まることへの備え」
金とビットコインが同時に買われ、ドルが売られ、株のうち金利に弱い部分だけが売られる。この組み合わせは、景気が悪くなることへの備えではなく、お金の値打ちが薄まることへの備えとして説明するほうが筋が通る。長期の国債が売られ、その値段を政府が支えると言い出した週に起きている点も、この読みと整合する。
これは当方の解釈である。同じ値動きは、株の一時的な調整と金の需給要因の重なりとしても説明できる。また、ビットコインの+22%について、当方が定点で見ている報道の範囲では、日本語で理由を説明した記事を確認できなかった。暗号資産固有の材料が別にあった可能性は残る。
GOLD ─ 金
金はなぜ4,000ドルから4,700ドルに
なったのか
先週だけの話ではない。7月中旬の3,973ドルを底に、7週間で+17.5%上がっている。今週、判定を「単発の波」から「資金流入を伴った上昇局面」へ格上げする。
7月16日の底から
+17.5%
3,972.94ドル → 4,668.60ドル
金ETF 先週の資金流入
46.7t
10か月ぶりの大きさ・北米と欧州が主導
終値ベース最高値から
−13.5%
1月28日 5,400.25ドル
金価格と200日移動平均
2026年6月25日〜8月24日 / 単位:ドル/トロイオンス
金200日移動平均
4,7384,5294,3214,1123,903
06/2507/0307/1407/2308/0308/1208/24
8月19日に200日移動平均(4,515.17)を4,522.80ドルで上抜け、4営業日連続で上に留まっている。下抜けたのは6月5日で、2か月半ぶりの回復である。
3つの局面に分かれる
同じ「金の上昇」でも、7月と8月では動いている理由が違う。
| 局面 | 金 | 実質金利 | 期待インフレ率 | 原油WTI | 起きたこと |
|---|
① 7月 7/1→7/31 | 4,031→4,043 +0.3% | +22bp 2.25→2.47 | +5bp 2.23→2.28 | +23.5% | 原油が23%上がったのに金は動かなかった。実質金利の上昇がブレーキになった |
② 8月前半 8/3→8/14 | 4,053→4,377 +8.0% | −2bp 2.43→2.41 | ±0bp 2.27→2.27 | +2.6% | 実質金利の上昇が止まった。7月31日の2.47%が2026年の最高値 |
③ 8月後半 8/17→8/24 | 4,417→4,669 +5.7% | −4bp 2.44→2.40 | +4bp 2.28→2.32 | +0.8% | 期待インフレ率が動き、そこへ実際の資金が入った |
理由① 実質金利が頭を打った
米10年の実質金利は2月28日の1.72%から7月31日の2.47%まで、5か月かけて75bp上がり続けた。この間、金は4,000ドル前後で動けなかった。2.47%が2026年の最高値である。8月は2.35%から2.44%の範囲で頭打ちになり、金はその瞬間から上がり始めた。局面②の+8.0%はこれで説明がつく。
理由② 期待インフレ率が5か月ぶりに動いた
イラン戦争が始まった2月28日の期待インフレ率は2.29%、7月31日は2.28%。5か月間で−1bpである。原油の前年同月比が3月+41.8%、4月+80.5%、5月+43.4%、7月+22.2%、8月21日時点で+37.1%と推移したにもかかわらず、債券市場はインフレを織り込まなかった。それが8月に動いた。7月31日の2.28%から8月20日・21日の2.34%へ、+6bpである。
理由③ 実際の資金が入った。ここが今週の変化である。
世界の金ETFは先週46.7トンを取り込み、10か月ぶりの大きさの週間流入となった。牽引したのは北米とヨーロッパ上場のファンドである。7月時点では北米は年初来で流出のままだったから、向きが変わったことになる。価格の側でも200日移動平均を上抜けており、機械的な売買を行う資金を呼び込む節目を越えた。
判定の変更「単発の波」から「資金流入を伴った上昇局面」へ
前号まで、当方は金を「単発の波」と判定し、切り替えの条件を「欧米の金ETFへの資金流入が再開すること」の一点に置いていた。その条件が満たされた。したがって判定を格上げする。
ただし上昇局面に入ったことは、上がり続けることを意味しない。資金の流入で上がった相場は、資金が引くときも速い。8月26日のPCE次第では、価格の節目で機械的に売る戦略が動きうる。終値ベースの最高値5,400.25ドル(1月28日)からは、いまも−13.5%の位置にある。
また、まだ「反応し始めた」までである点も添えておく。期待インフレ率の2.34%は2026年の最高値ではない。最高は5月4日の2.50%で、いまはそこから16bp下にある。6月24日には2.18%まで下げており、8月の上昇はその底からの戻りの範囲にとどまる。
JGB ─ 日本国債
同じ週、日本の30年債は
記録を更新した
米国と日本で共通しているのは、長い年限ほど上乗せ金利が要求されていることである。ただし理由は別々であり、「同じ現象」と一括りにはしない。
30年債 8月18日
4.096%
記録開始1999年9月2日以来の最高
40年債 8月18日
4.103%
記録開始2007年11月6日以来の最高
30年債の観測営業日
6,607
1999年9月2日〜2026年8月21日
うち4%以上を付けた日
10日
全体の0.15%。すべて2026年5月以降
日本30年国債利回り 年間最高値
単位:% / 出所 財務省「国債金利情報」全期間ファイル(1974年9月24日〜)
2026年
8月18日。記録開始以来の最高値
4.096
1999年から2025年7月7日まで、30年債は26年間ずっと3%未満だった。2021年の年間最高は0.751%である。
| 水準 | 該当した営業日数 | 全6,607日に占める割合 | 初めて到達した日 |
|---|
| 3.0%以上 | 271日 | 4.10% | 2025年7月8日 |
| 3.5%以上 | 120日 | 1.82% | 2026年1月19日 |
| 3.9%以上 | 37日 | 0.56% | 2026年5月15日 |
| 4.0%以上 | 10日 | 0.15% | 2026年5月18日 |
| 4.05%以上 | 3日 | 0.05% | 2026年8月17日 |
4.0%以上を付けた10日は、5月18日・19日・20日、7月9日、8月13日・14日・17日・18日・19日・21日である。すべて2026年5月以降で、うち6日が8月13日以降に集中している。40年債の4.0%以上は9日で、うち7日が8月13日以降である。
更新したのは超長期の2本だけである。2年債から20年債は更新ではない。10年債の最高は1990年9月28日の8.105%、20年債は1990年9月26日の7.749%、2年債は1980年4月4日の12.145%、5年債は1980年4月9日の10.656%である。年限ごとに記録開始日が違うため、20年債以前と横並びで「過去最高」と書いてはならない。
先週の観察点は当たった。ただし条件の片方が外れた。
前号では「30年債が5月19日の4.043%を超えるか。超えて、同時に円安も進むなら財政への不安が主因である可能性が高まる」と置いた。超えた。しかし円安は進まなかった。ドル円は8月14日159.32円、21日158.90円、24日159.10円で横ばいである。したがって財政不安を主因とする読みは、この週については支持されない。日本側の要因は複数が絡む。日銀の正常化と利上げ観測、物価、超長期債の需給、そして財政である。スワップ市場の9月利上げ織り込みは8月23日時点で約82%と報じられており、次回の決定会合は9月17日・18日である。
CREDIT ─ 信用市場
ここまでは危機ではない
国債と通貨には動きが出ている。しかし企業の信用にも、銀行同士の資金にも、伝わっていない。動いたのは国債と通貨であって、企業の信用ではない。この区別が、今週を危機と呼ばない根拠である。
HY社債スプレッド
2.70→2.70
2026年の中央値 2.79 より低い
VIX
15.19→15.85
2026年の中央値 17.77 より低い
米2年債
4.19→4.24
8/19は無反応。短期の資金繰りに緊張なし
金融危機であれば、信用力の低い企業から先に資金が細る。しかし今週、HY社債スプレッドは3週続けて動いていない。VIXも2026年の平常値を下回っている。株は下げたが、恐怖の水準ではない。
当方が見られていない場所。銀行同士の短期の資金繰りについて、米国には常設のレポ制度がある。その利用額はここを見る指標のひとつだが、当方の監視系列に入っておらず、今週の値を確認していない。確認できていないものを「正常の証拠」としては使わない。系列に追加する候補とする。
NEXT ─ 8月26日のPCE
数字の上下ではなく、
どちらの理屈で動いているかを見る
日本時間8月26日21時30分。7月のPCEが発表される。重要なのは強いか弱いかではなく、その結果として金がどう動くかである。
前提の確認PCEとは何か。企業物価ではない。
PCE(個人消費支出物価指数)は、家計が実際に払った値段を集計した指標である。企業どうしが取引する値段ではない。米国で企業物価にあたるのはPPI(生産者物価指数)で、別のものである。同じ消費者側の物価にCPI(消費者物価指数)があり、FRBが2%の目標に使っているのはCPIではなくPCEのほうである。2000年にグリーンスパン議長が議会証言でPCEを主に使うと表明して以来、これが公式の物差しになっている。
| 何の値段か | 出すところ | 公表時期 | 当社データの直近 |
|---|
| PCE | 家計が実際に払った値段 (保険や政府が肩代わりした分も含む) | 米商務省 BEA | 翌月末 | 2026年6月 +3.67% コア +3.29% |
| CPI | 家計が自分の財布から払った値段 | 米労働省 BLS | 翌月中旬 | 2026年7月 +3.30% コア +2.47% |
| PPI | 企業が売る値段。米国の企業物価にあたる | 米労働省 BLS | 翌月中旬 | 2026年7月 +8.27% (全商品) |
| 国内企業物価 | 日本の企業間で取引される値段 | 日本銀行 | 翌月中旬 | 2026年7月分 |
同じ「消費者の物価」でも、かごの中身の重みがまるで違う。ここが逆転の背景であり、FRBがPCEを選んでいる理由でもある。
| かごの中身 | CPIでの重み | PCEでの重み | どちらが重いか | なぜ違うのか |
|---|
シェルター 家賃と、持ち家の帰属家賃 | 30〜36% | 15〜16% | CPIが約2倍 | PCEは対象が広いぶん、単一項目の相対的な重みが下がる |
| 医療 | 6.5〜8% | 16〜17% | PCEが約2倍 | PCEは保険会社や政府が肩代わりした分も数える。CPIは自分の財布から出た分だけ |
| ウェイトの更新 | 年1回 | 毎月 | — | 牛肉が高くなって鶏肉に切り替えたとき、PCEは翌月に反映する。CPIは反映が遅れる |
家賃が下がればCPIが大きく下がり、医療が上がればPCEが大きく上がる。いま起きている逆転は、この重みの差で説明がつく形をしている。また、消費者が実際に買うものを変えたとき、それが数字に現れるまでの速さもPCEのほうが速い。FRBが目標をこちらに置いているのは、この2点による。
ただし「PCEのほうが速い」は、公表が早いという意味ではない。買い方の変化が早く反映されるという意味であり、指標としての公表はPCEのほうが2週間遅い。7月分のCPIは8月12日に出ており、7月分のPCEが8月26日である。市場と報道がCPIに反応し続けるのは、習慣と、この公表の早さによる。
いま、この2つは逆転している
通常はPCEのほうが低く出る。ところが2025年11月から8か月続けて逆になっている。
コアPCEとコアCPI 前年同月比
2025年1月〜2026年6月 / 単位:% / 出所 FRED(BEA・BLS)
コアPCE(FRBの目標指標)コアCPI
3.513.232.942.662.38
25/0125/0325/0525/0725/0925/1126/0126/0326/06
コアCPIの2025年10月が途切れているのは、政府閉鎖により公表そのものがなかったためである。当方は前年比を日付でたどって計算しており、この欠測を飛ばして12か月前を参照している。
2018年以降の101か月のうち、コアPCEがコアCPIを上回ったのは15か月しかない。差の中央値は−0.35ptで、教科書どおりならPCEのほうが低い。ところが2025年11月から8か月続けて逆転しており、直近6月の差は+0.72ptである。
ここが明日の見どころである。コアCPIは2.47〜2.82%で推移しており、数字だけ見れば2%台に収まっている。しかしFRBが見ているコアPCEは3.29%で、目標の2%から1.3pt離れている。9月の利上げ確率が42%まで戻り、年末までに少なくとも1回の利上げが約74%と織り込まれている背景はここにある。「CPIは落ち着いているのに、なぜ利上げ観測が消えないのか」の答えがこれである。
逆転の背景にあるのは、上のかごの中身の重みの差である。家賃の上昇が鈍ればCPIが下がりやすく、医療が上がればPCEが上がる。ただし当方は項目別の寄与度そのものを確認していない。断定はしない。
明日のPCEで判別できること
数字の上下ではなく、その結果として金がどう動くかを見る。
シナリオ A ─ PCEが強い
利上げ観測が上がり、2年債と実質金利が上がる。それでも金とビットコインが上がるなら、金は金利ではなくお金が薄まることへの備えとして買われている。その比重が高いと判断できる。
シナリオ B ─ PCEが弱い
利上げ観測が下がり、実質金利が下がる。その結果として金が上がる。この場合は従来どおり金利で説明がつく。今週の読みは修正する。
次週に確認する項目
| 項目 | なぜ見るか |
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| ① | PCE発表後の利上げ確率、米2年・10年・30年、実質金利、期待インフレ率 | 上のAとBを判別するため |
| ② | 金ETFの週間フロー | 今週の46.7トンが続くか、1週で終わるか |
| ③ | ビットコイン | +22%の理由を特定する。暗号資産固有の材料があったかどうか |
| ④ | HY社債スプレッドと、米国の常設レポ制度の利用額 | 危機に変わる兆しが出るのは、動いていないこの2つが動いたとき |
| ⑤ | 日本30年債が4.096%を再び超えるか | 9月17日・18日の日銀会合まで4%台に居座るかどうか |
前号(8月16日号)で置いた4つの結果。
① ドル円が160円を超えるか → 超えなかった。円高にも振れていない。
② 30年債が4.043%を超えるか → 超えた。ただし条件の片方(同時に円安)は外れた。
③ HY社債スプレッドが2.71%から動くか → ほぼ動かず。2.67%から2.70%へ3bp。
④ FRBの会合回数削減が9月15日・16日までに決まるか → 今週の定点調査では新規の報道を確認できなかった。未確認のまま残す。