OIL FLOW REPORT ── Why Oil Isn't Rising, and Japan's Real Risk

皆(私も)勘違いしている ──
原油価格が上がらない本当の理由と、日本の本当の危機

ホルムズ封鎖106日(6/11にIRGCが正式閉鎖宣言・通航▲95%)。史上最大の供給途絶(▲1,280万B/D超)に対し、Brentは$93。
本レポートは「なぜ上がらないのか」を数量で解体し、その緩衝材が切れる順番と日付、そして日本が置かれた本当の危機(蛇口を米国に握られた構造)を明らかにする。
2026.06.14 統合版 ── timeless(kizuna)/ UNIVERSAL COIN × MACRO INTELLIGENCE
EXECUTIVE SUMMARY

結論 ── 喪失14%が実効3%に圧縮されているから安い。それを支える2つの担い手と、1つの期限

① なぜ安い ── 喪失は粗14%、だが実効は
3%
実測世界供給の粗喪失▲1,280万B/D(14%)を、緩衝材が差引いて実効不足290万=3%へ圧縮。市場は14%でなくこの3%を価格付けしている(IEA)
② その穴の需要側 ── 中国が一国で
74%
実測世界の原油輸入減430万B/Dのうち中国が320万=74%を買い控えで吸収。需給ギャップの4分の3を一国が埋める(JPM)
③ その穴の供給側 ── 米国がアジア向けを
約3
実測増産ゼロ(生産13.7横ばい)のまま、アジア向け輸出を1.11→3.29百万B/D(約3倍)へ。原資は自国の備蓄在庫の切り崩し(Kpler)
④ で、いつ切れる ── 米国の閾値はまだ
8月中旬〜9月下旬
予測SPR 349→法定下限252.4まで残96.6÷平均6/週≒16週。価格抑制の弾薬が尽きる交渉デッドライン。それまでは数ヶ月の猶予

1枚で言うと ── 価格ではなく「在庫と我慢」が市場を清算している

供給の穴▲1,280万B/Dのうち、迂回・闇通航・備蓄放出で約990万を物理的に埋め戻し、残り約290万を中国の買い控え(輸入▲3.6mb/dの一部が世界の需給ギャップを吸収)と各国の在庫食いつぶしで処理している。※中国の輸入減3.6mb/dそのものと、緩衝材差引後の実効不足290万は別レイヤー(前者は需要側の調整量、後者は世界全体の純不足)。本来この残りは「価格暴騰→需要破壊」で消えるはずの量であり、その必要価格がエクソンの言う現物$150〜160。現値$93との差=緩衝材の残量である。だから問いは「上がるか」ではなく、緩衝材が切れる順番と日付に変わる。

SECTION 01 ── PRICE

① 価格の真実 ──「上がらない」のではなく「上がって、抑え込まれた」

Brentの実際の経路:開戦前$71.32 → 4月$100超 → 戦後ピーク$126.41(日次・4月)→ 5月の月間平均$107(EIA)→ 6月$91〜93へ反落。市場は粗の供給喪失14%ではなく、緩衝材差引後の実効3%を正確に価格付けしている。

◆ Brent価格の経路と「2つのレジーム」
$200$160$120 $80$40

「実効3%」の算盤 ── 市場は間違っていない。緩衝材を正しく織り込んでいるだけ

◆ 「実効3%」の滝 ── 粗14%の喪失が、緩衝材で実効3%まで圧縮される

実測粗喪失(IEA)から、迂回PL・闇通航・協調備蓄放出を順に差し引く。残った実効不足だけが価格に効く。

1,2809606403200 1,280 ▲450 ▲210 ▲330 290

読み筋:赤(粗14%)から青(緩衝材)を3回引くと、金(実効3%)しか残らない。市場は赤の14%でなく、金の3%を価格付けしている。だから$93は「安すぎ」ではなく適正。問題はこの緩衝材(青3本)がいつ切れるか

粗喪失▲1,280万B/D(IEA) − 迂回パイプライン+450万(Piper Sandler) − 闇通航+210万(JPM) − 協調備蓄放出+330万(IEA 4億バレル÷120日) = 実効不足約290万B/D ≒ 世界供給の3%。過去の「実効3%・緩衝材あり」局面(2003年・2011年・2022年)の価格反応は1.3〜1.5倍であり、$71×1.3=$93の現値は歴史値ど真ん中。異常なのは価格ではなく、緩衝材が「実効5〜6%・緩衝材なし」へ切り替わった瞬間の前例が1973年(4.0倍)と1979年(2.6倍)しかないことである。

さらに重要なのは、再開ベースケースですら在庫は史上最低へ向かうこと。EIAは「3Q26から通航が緩やかに再開」を前提にしてなお、OECD在庫が12月に22.87億バレル(統計開始以来最低・50日分)へ落ちると予測する。つまり②シナリオでも「在庫の薄さ」は2027年まで残り、価格の下値も切り上がる。

SECTION 02 ── GLOBAL FLOW

② 世界の石油は、いま誰が運び、誰が買っているのか

ホルムズ=世界原油貿易の34%(約1,500万B/D・全石油で約2,000万B/D)が事実上停止。世界の地図は「中東→アジア」から「大西洋→アジア」へ書き換わった。

◆ 石油フローの地図が90日で書き換わった ── 戦前 → 現在(4-5月)

実測矢印の太さ=流量。左=供給源、右=需要先。中東の蛇口が締まり(▲95%)、大西洋(特に米国)の蛇口が開いてアジアが奪い合う。

Section Takeaway
世界は「中東の石油をアジアが買う」構造から、
「大西洋の石油を、中国以外のアジアが奪い合う」構造へ90日で変わった。
その新しい蛇口の元栓を握るのが ── 米国である。
SECTION 03 ── UNITED STATES

③ アメリカ ── 増産・記録輸出の裏で、自国在庫は2段階で切れていく

米国は「原油(材料)」と「ガソリン等の製品(完成品)」で別の時計が回る。原料は年末まで持つが、完成品の床は夏に来る。そして床が見えた時、政治は輸出の引き戻しという伝家の宝刀に手をかける。

用語:「床」とは ── これ以上は物理的に引き出せない最低在庫ライン(=枯渇ライン)。製油所・配管・タンクを動かすために常に残さなければならない量で、ここを割ると設備が回らなくなる。在庫がこの床に近づくと「もう出せない」不安から品薄・価格急騰が起きる。クッシング原油の「操業下限20」、ガソリンの「175〜185」がこれにあたる。

この章の4つの数字を「言葉」で言うと ── ①世界に売りまくり ②貯金は減るが期限はまだ先 ③自国は枯れない ④増産余地はゼロ。

① 世界に売る ── アジア向け輸出を
約3
実測1.11→3.29百万B/D(5ヶ月・Kpler)。総輸出も史上最高。中東を失ったアジアの穴を米国が埋める=日本が先頭買い
② その原資(SPR)の弾薬は残り
約4ヶ月
予測349→法定下限252.4まで残96.6÷平均6/週≒16週=8月中旬〜9月下旬。43年ぶりの低水準だが、まだ数ヶ月の猶予
③ それでも自国ガソリンは
枯れない
実測5月末に反発(10年ぶり季節最低からV字)。前年同等需要なら今夏は床(=最低在庫)に着かない
④ 増産余地は ── 製油所は
全開
実測稼働率94.7%=実用上限に到達済み。「原油をガソリンに転換」の蛇口はすでに開ききっている=これ以上増やせない

用語:クッシング ── WTI原油先物の現物受け渡し地点。在庫が操業下限(約20百万bbl)に近づくと「現物を受け取れない不安」で価格が跳ねるとされ「WTI発火点」と呼ばれる(2020年4月にはタンク満杯でマイナス$37の異常値)。ただし本レポートでは主役でない:2014年以降の主要6局面でクッシングが操業下限近くまで枯れても、WTIが跳ねたのは戦争要因が重なった局面だけ(残り4局面は$70台で無反応)=枯渇単独では価格は動かない。価格の主役はSPRとガソリン。直近6/10は21.6百万bbl(下限20の目前)。

◆ 米国在庫の2段階消滅 ── SPR(国の貯金)とガソリン(完成品)は別の時計
実線=EIA実測 / 破線=現行ペースの機械延長。予測ではなく「このままなら」の物差し。2つは意味が違うので段を分けた(上=原料の貯金/下=完成品の在庫)。
① SPR(国の原油貯金)── 価格抑制の弾薬は法定下限252.4で「通常放出」が尽きる
41525270
② ガソリン在庫(完成品)── 5月末に反発。前年型なら今夏は操業床に着かない
259215175

読み筋:上段=SPRは平均▲6百万/週で8月中旬〜9月下旬に法定下限252.4へ。ここで「通常放出」という弾薬が尽き、追加放出は議会関与=政治コストが跳ねる。下段=ガソリンは5月末に反発し、前年(2025)夏のパターンなら今夏は操業床に着かない。=米国の真の臨界点はガソリン床でなくSPR法定下限

米国の臨界点現在値到達見込み根拠
SPR法定下限(最重要)349
(6/5)
252.48月中旬〜9月下旬予測平均▲6百万/週の機械延長(直近9百万はスパイク)。通常放出の法的リミット=交渉デッドライン。物理底70は27年初頭で崖ではない
ガソリン小売(全米平均)月次$4.61
(5月)
$5.02
(22年最高値)
$5.02に
未到達
実測月次5月$4.61(前年比+41%・底1月$2.94から+57%)。あと$0.41で22年最高値$5.02だが、週次レギュラーは6月$4.4前後へ反落。緩衝材は$5.02の手前で天井を作っている=突破すれば政治臨界(輸出制限)へ
ガソリン在庫215175〜185前年型なら今夏未到達実測+推計5月末反発。前年(2025)夏の実パターン=週▲0.94・9月反発を当てると8月末≒204=床に着かない
クッシング原油
(参考・主役でない)
21.6
(6/10)
207月初に接触見込み実測WTI現物受渡地点だが、2014年以降の6局面で枯れても跳ねたのは戦争重複時のみ=枯渇単独では動かず、緩衝材②の症状であって主役でない

政治トリガーの算出 ── いつ・どれだけ・誰への輸出を削るか

トリガー価格:全米平均ガソリン$5.02超え(2022年バイデン期の史上最高値の更新)。月次全等級は5月$4.61(前年比+41%)で$5.02の手前$0.42。週次は6月に反落の兆しだが、緩衝材は「価格を下げる」のでなく$5.02の天井手前で止めている。ここを超えれば11月3日の中間選挙を前に政権が動かない理由がなくなる。前例:バイデン政権は2022年に製品輸出制限を公式検討、中国は今回開戦直後に実施済み(NDRC口頭指示)。

削減メニュー(政治コストの安い順):

優先順削減対象規模主な被弾国政治コスト理由
1アジア向け原油スポット▲50〜100万B/D日本・韓国最小仮説4月に始まったばかりの新規顧客・長期契約なし・スポット主体。国内精製に回せば即ガソリン+50万B/D相当。安保カードで沈黙を強制できる
2ガソリン輸出(非メキシコ分)▲30〜38万B/D中南米諸国仮説輸出88万のうちメキシコ49.5万は陸続きの構造固定客で切れない。残り38万が調整弁
3欧州向け中間留分▲20万B/DEU・英国大(NATO)仮説ディーゼル39.6万+ジェット15万。欧州のジェット危機(§4)を直撃するため最後の手段
4メキシコ向け維持不可国境政治・パイプライン・USMCA。事実上の国内市場

仮説順位と数量は本レポートの算定(事実:輸出量・仕向地・前例。仮説:切る順番)。第1候補が日本である理由は感情ではなく契約構造 ── 最も新しく、最も短期で、最も代替先のない買い手だから。

Section Takeaway
米国の床防衛=輸出の引き戻し=不足の輸出
請求書の宛先第1位は、4月から米国の蛇口にぶら下がった新規顧客 ── 日本。
SECTION 04 ── EUROPE

④ 欧州 ── ジェット燃料、数字で見る「最初に折れる完成品」

ニュースで騒がれる「EUのジェット燃料枯渇」を数量と比率に分解する。下の構造図がすべての出発点:欧州は需要160万B/Dのうち50万を輸入に頼り、その輸入の約60〜75%が中東産だった(SocGen 75%=海峡経由分/ICIS 60%=中東産全体・母数が異なる)。封鎖でこの中東分がほぼゼロになった。37.5万 ÷ 需要160万 = 需要の約23%が物理的に欠けた──これが「23%」の正体(出所:SocGen/IEA)。代替で半分しか埋まらず、差額は在庫の取崩しで賄うため、在庫日数が下の「23日ライン」へ落ちていく。

◆ 欧州ジェット燃料の需給構造(万B/D)── どこが欠けたか

IEA「喪失の半分強しか代替できていない」。米国はジェット輸出を平時の6倍(15万B/D)へ増やしたが、穴は半分しか埋まらない。残り約17万B/D=在庫の取崩しで賄うしかなく、その在庫が23日閾値へ向かっている。

◆ 欧州ジェット在庫日数 ── 時点と確度を明記(日分)

実測2025末37日(IEA) 予測6〜8月=Goldman(5月時点)。間の4-5月は安全圏(CAPA)、平年は年央30日前後まで低下するのが通常。今夏は戦争でそれを下回る軌道。

40日 30日 23日 20日 15日 37日 23日 20日 15日

一言:確実なのは「2025末37日(実測)」と「6→7→8月=23→20→15日(Goldman予測・5月時点)」の2点群。間の4-5月は安全圏で、6月に閾値割れする軌道。ARA量ベースでは開戦から一直線に▲50%(Rystad)。

輸入の中東依存(戦前)
60–75%
実測SocGen 75%(海峡経由分)/ICIS 60%(中東産全体)。母数が異なるため幅で表記
在庫日数(6月時点)
23日割れ進行
25年末37日→4月ARA6年ぶり低水準→6月に23日閾値割れがGS予測通り進行。複数国は既に20日未満。7月20日/8月15日へ低下予測
死蔵在庫の罠(全世界共通)
約20%
どの国の「在庫◯日分」も、下部2割は引けず実効は約8掛け(欧23日→実効18日/日本の国家系110日→実効88日)。詳細§4-2
ジェット価格(6月)
$181
2月比2倍超・欧州スポット$187。$150超でLCC連鎖破綻ライン(Spirit運航停止済)。精製側は「max jet first」でも得率10→13%が限界

なぜ「23日」が閾値なのか ── 在庫日数と物理的な品切れの関係

ジェット燃料は船とパイプラインで運ばれ、空港でタンクに貯められる。在庫日数とは「いま空港圏にある燃料が、補充ゼロなら何日分の給油に足りるか」。IEAの基準では29日が平常の下限(2020年以降割れたことがない)、そして23日を割ると「一部の空港で物理的な品切れ(給油できない)が始まる」とされる(IEA/Goldman)。なぜ0日ではなく23日で品切れるのか ── ①§4-2の死蔵在庫(タンク下部20%は引けない)、②燃料は空港間を即座に移せず偏在する(ある空港は余り、ある空港はゼロ)、③物流のリードタイム(船は数週間かかる)。だから「23日分ある」は「23日後に尽きる」ではなく、その手前で局所的な給油制限・欠航が出始める警戒線を意味する。実際イタリアでは在庫が残っているうちから4空港で給油上限が発動した(§4-3)。

IEAバロル事務局長は4月時点で「欧州はあと6週間ぶんのジェット燃料」と発言。Goldmanは6月に23日割れ → 7月に20日 → 8月に15日と低下を予測。15日は小空港の閉鎖もありうる水準。夏の旅行ピーク(需要最大)と在庫最低が重なる「夏のパラドックス」が核心。

すでに起きていること ── 価格は3倍、航空会社は「配給制」へ

ジェット燃料価格は中東途絶でほぼ3倍化(IEA)。$150/bbl超が続けばLCCの連鎖破綻ライン(米Spirit Airlinesは既に運航停止)。5月の世界航空供給席数は▲3pt・上位20社中19社が減便、Lufthansaは最大40機を地上待機、Unitedは2-3Qの供給5%削減=燃料費年+110億ドル。最も危険なのは輸入依存65%の英国(GS「配給の可能性」)。一方スペインは純輸出国 ── 同じEU内でも明暗は分かれ、域内の燃料争奪が始まっている。北東アジア(韓国・中国)からの対欧ジェット輸出も6月に約1年ぶり高水準(280万バレル)=アジアの余剰が欧州へ吸われ、日本が買う市場はさらに薄くなる。実害も顕在化:イタリアは4月、ボローニャ・ミラノ・トレヴィソ・ヴェネツィアの4空港で給油制限(Air BP Italia供給制約)。

◆ 地域別ジェット在庫の削減率(戦前比・量ベース)── 緩衝材の非対称が一目で分かる

実測Fortune/Goldman(Grigsby)。米国だけ0%維持=「アメリカ強し」の直接証明。アジアが最も削られ、欧州は製油所のジェット増産で▲21%に留まる。

0% ▲35% ▲70% ▲66% ▲46% ▲41% ▲41% ▲21%

読み筋:同じ封鎖でも、米国は自国在庫を一切削らず(0%)、欧州は▲21%、アジア(韓・日・台)は▲41〜66%と削られた。この非対称こそ「米国が世界の蛇口を握る」(§3)の在庫面の証拠。日本▲46%は、調達を米国采配圏に移したうえで在庫も削られている二重の脆弱性。

SECTION 04-2 ── DEAD STOCK

「死蔵在庫」は欧州だけの話ではない ── 世界中の備蓄日数が水増しされている

タンク下部20%ルールは物理法則であり、欧州・日本・米国・全産油消費国に等しく効く。つまり各国が発表する「在庫◯日分」は、実際に使える量より2割ほど厚く見えている。これは本レポート全体の臨界点を前倒しする横断的な補正項である。

3層の「最後まで引けない油」── ヘッドライン在庫の正体

市場ベテランJeff Currie(カーライル)の警告:「世界の在庫統計のヘッドライン値は誤解を招く。貯蔵された油の多くは即座には使えない」。JPモルガンは在庫を3層の玉ねぎで整理する ── ①洋上・浮遊在庫 → ②陸上商業在庫 → ③戦略備蓄。そして各層に「最後まで引けない油」が埋まっている:

引けない油の種類規模物理的な理由(Goldman / JPM / EIA)
タンク下部(tank bottoms)約20%実測浮き屋根式は屋根を浮かせるため下部約2割を常時残す必要。陸上貯蔵の大半がこの方式(Goldman)。1.3m以上の油深がないと屋根の脚が着座し機能停止
パイプライン充填(line fill)実測配管は全長に油が満ちて初めて動く。抜けば送油停止。米国ではline fill+lease stockで在庫定義の約30%(1.2億bbl)に相当
製油所の操業下限65%実測稼働率65%(ターンダウン)を割ると装置が劣化・採算割れ。これ以下には落とせない(Goldman)
ターミナル最低在庫各所実測「実務上、意図的に避けられる最後のバレル」(JPM)。統計には載るが市場には出ない

結論:公表「在庫日数」から実効で約2割を割り引くべき。Currieのタイムライン ──「アジアは既に操業下限近辺、欧州はあと1ヶ月、米国は7月が問題」── は、本レポート§3・§7の日付と完全に一致する。

日本への当てはめ ── 「110日」(国家系)の実効はもっと薄い

日本の放出可能な国家系は6/8時点で110日(国家107+共同3)も同じ補正を受ける。仮に死蔵20%なら、110日の実効使用可能分は約88日相当。さらに民間92日は運転在庫で全量可動ではない ── 「日数」表示は二重に楽観的である。本レポートが枯渇時期を「国家系12月/民間込み27年中頃」と幅で示すのは、この死蔵分の不確実性を織り込むため。発表日数をそのまま安全余裕と読むのは、欧州ジェットで起きている「37日あるのに給油制限」と同じ落とし穴にはまる。

SECTION 04-3 ── FRAGILE STATES

④-3 備蓄が薄い国は、いまどうしているか ── 6月最新の各国状況

日本の立ち位置を測るには、もっと脆い国々の現実が定点になる。まず各国の備蓄日数を同一基準で並べる(IEEFA/IEA)。次に、3月の初動から6月の現在まで、政策の打ち手がどこまで進んだかを見る。

◆ 主要国の石油備蓄日数 ── 同一基準の縦比較(IEEFA 2026、民間込み総量)

備蓄が薄い国の「いま」── 初動(3月)から6月現在までの進行

備蓄30日未満の国々は、3月の初動からすでに3ヶ月。緊急宣言→配給→補助金の打ち手は出尽くしつつあり、財政が次の限界になっている

備蓄3月の初動 → 6月の現在
フィリピン45日実測3/24世界初の緊急事態宣言(EO110)。6/30までの原油確保を大統領が明言=その期限が今まさに到来。露調達を継続。市場最自由化ゆえ最も価格直撃(軽油130ペソ)。輸送スト・抗議は断続継続
インドネシア・マレーシア<30日実測4/1から購入上限を導入・継続中。インドネシアは四輪に1日50リットルのガソリン購入制限(自家用・公共交通とも)。補助金で価格据置きだが財政逼迫
ベトナム・ミャンマー・パキスタン・バングラ薄い実測アジアで最も痛みが鋭い低所得・輸入依存国。中国・タイのジェット輸出停止+韓国capで玉が消失。バングラは大学閉鎖+車両配給・停電頻発が継続
イタリア(EU内の弱点)原油90日
だが偏在
実測4/16-21北部4空港で機体別給油上限。6月ジェット在庫の23日割れ進行で南欧(中東依存高)が再び危険域。トルコ航空は5-6月に18国際線運休
英国(EU離脱後の弱点)輸入依存65%実測GS「ジェット配給リスク筆頭」。燃料供給業者が「6月中〜下旬が混乱の起点」と警告=夏の繁忙期と完全に重なる。SMEの航空便依存に直撃
エジプト・チュニジア・スリランカ外貨難実測補助金で価格抑制も財政が持続不能化(IEEFA:安定化基金が枯渇方向)。スリランカは2022年デフォルトの記憶。観光業悪化が追い打ち
日本(参考)248→201実測確報(月末)1月末248日→2月末243日→3月末233日、速報で6/8時点201日(国家107/民間92/共同3)。世界最厚クラスだが、3月中旬の史上最大放出開始から低下中。4-5月は大西洋圏シフトで日量確保(§6)。調達は米国采配圏へ移行済み

出所:IEEFA 2026・フィリピンEO110/DOE・Euronews・BM Magazine(英SME)・Prewave・IEA/Reuters。6月の焦点:フィリピンの6/30期限、インドネシアの購入制限継続、英国の6月下旬混乱起点、南欧ジェットの23日割れ

この比較が日本に教えること ── 「まだ余裕」は順番が後というだけ

フィリピン(45日)が3月に緊急事態、欧州周縁が4月に給油制限・配給に入り、6月もインドネシアの購入制限・英国の混乱警告と進行中。日本(民間込み201日・6/8)が静かなのは強いからではなく、備蓄が厚いぶん順番が後ろにいるだけ。そして決定的な違いは、フィリピンや韓国がまだ「自国の判断」で節約・調達できるのに対し、日本の追加調達はほぼ全量が大西洋圏=米国の采配圏に移ったこと(§6)。脆弱国は早く折れるが自律的に動ける。日本は遅く折れるが、折れる時には他国のスイッチに依存している ── これが備蓄日数だけ見ていては掴めない構造的リスクである。さらに死蔵20%補正(§4-2)を各国の発表日数に当てると、すべての国のカウントダウンが一律に前倒しされる。

SECTION 05 ── CHINA

⑤ 中国 ── 世界最大の「買わない」が、価格の安さの最大の支え

中国の選択は3点セット:輸入を絞る/製油所在庫を食いつつ戦略備蓄(SPR)はむしろ積み増す/製品輸出を即日止める(米国と正反対)。これが世界の貿易減少の74%を一国で吸収し、価格に「需要破壊の仕事」をさせずに済ませている。

◆ 中国の原油輸入 ── 3ヶ月で階段状に半減(百万B/D)
12840
中国の持久力数値読み方
総在庫14億bbl実測Kayrros衛星推計(2月末13.9億)=2025年水準の純輸入120日分。世界最大・中身は非公開
戦略備蓄(SPR)の動き積み増し継続実測戦争中もSPRは積み増し、製油所は新規輸入でなく自社在庫に依存(Kpler)。=「輸入を絞っても備蓄は減らさない」二重の余裕。イラン原油の対中輸入は5月に6ヶ月ぶり1mb/d割れ(Bloomberg)
取崩しレート(試算)約▲300万B/D推定需要15.0〜15.5 − 国産4.3 − 輸入7.8 = 約3.0。本レポートの物質収支計算
技術的な持久限界年末〜27年初推定可動部分を総在庫の4〜5割(5.6〜7億bbl)と仮定 ÷ 300万B/D = 6〜8ヶ月。可動率は非公開のため幅大
経済的な持久限界数ヶ月実測Oxford研Meidan「製油所稼働をどこまで下げれば買い戻しを強いられるか」が核心問題。2021年石炭危機(絞りすぎ→大停電)の教訓。軽油・ジェット不足は工業稼働に直撃
買い戻し再開の意味+300万B/D超仮説需要の再登場+備蓄「再建」の買い(SocGen)の二段ロケット。中国プット失効=原油レジーム切替の最有力トリガー
Section Takeaway
中国は自前の備蓄で時間を買っている。日本は他国の蛇口で時間を買っている。
同じ「持ちこたえ」でも、スイッチを握る側と握られる側 ── この非対称が本質。
SECTION 06 ── JAPAN

⑥ 日本 ── 90日で「中東の客」から「アメリカの客」へ。そして切られる最前列へ

日本の調達再編は成功している ── 4月407万kL(▲65.7%・1989年以来最低)→5月859万kLへ回復。だがその中身は、中東直行(平時の8割超)がゼロのまま、米国・南米産で埋めた姿である(原油の中東依存度は3月確報で95.9%=依然極めて高い)。

日本の原油調達(万kL/月)平時4月5月封鎖時の挙動
中東直行(ホルムズ経由)1,260060実測平時の94%を占めた生命線が消失したまま
米国(ガルフ)5080150追跡5月VLCC9隻=1,670万バレル。喜望峰・パナマ経由。平時の3倍+ナフサは米国産5倍
南米(ブラジル等)1525175推定5月に急拡大(経産省TF)。大西洋圏シフトの主力
中東バイパス(サウジ/UAE陸送)110180追跡東西PL経由。想定以上に稼働
その他(アフリカ・中亜・STS等)202192294推定STS110は在庫流動化=持続性低
合計(原油)1,527407859実測4月確報・5月は船舶追跡暫定。回復しても平時に届かず、差は備蓄取崩し(月17日分=494万kL)

出所:既報「原油の実態」プレゼン(石油統計速報5/29・Bloomberg船舶追跡)。米国150+南米175+米国産ナフサ ── 日本の追加調達はほぼ全量が大西洋圏=米国の采配圏

「米国が切る」場合の日本への波及 ── 算定

§3の削減メニュー第1候補(アジア向け原油スポット▲50%)が発動された場合:日本の米国調達150万kL/月 → 75万kL、米国産ナフサ(135万kL/月の大半)も同時に細る。失われる約75〜150万kLは即、備蓄取崩しの加速になる ── 月17日分 → 20〜22日分へ。すると国家系備蓄の枯渇は12月頃 → 10〜11月へ前倒し。さらに高値の現物を買い続けるためCFRは二重に上昇(玉の減少+フレート)。米国の床防衛は、日本の備蓄カウントダウンの加速装置として作用する。

◆ 日本の石油備蓄日数 ── 放出で低下する時系列(日分)

実測資源エネルギー庁「石油備蓄の現況」。確報(月末・製品換算)と速報(毎営業日・推計)は別系列。3月の史上最大放出開始から日数が低下。

260日 220日 180日 140日 248日 243日 233日 201日

一言:放出可能な国家系(国家+共同)は6/8で110日。民間92日は運転在庫で全量は引けない。「国際義務の90日ライン」は物理危機ラインではないため臨界点タイムラインからは除外(§7)。

放出可能な国家系(国家+共同)
110
実測6/8速報:国家107+共同3。月17日分ペースで取崩し中(5月末118日→6月110日へ低下)
総備蓄日数(速報・直近)
201
実測6/8時点・民間92日込み。確報(月末)は233日(3月)
物理枯渇(国家系のみ・D継続)
12月頃
推計米輸出削減が重なれば10〜11月へ前倒し
民間込み理論限界
27年中頃
推計民間は運転在庫で全量は引けず、実務の床は27年初頭〜春
SECTION 07 ── CRITICAL PATH

⑦ 臨界点の統合タイムライン ── 緩衝材が剥がれる順番

枯渇は同時に来ない。そして7-8月に「物理的な臨界」を迎えるのは欧州ジェットと米国(クッシング・ガソリン)であって、日本ではない。日本の物理的な枯渇は早くて年末(国家系のみ・D継続時)、民間込みなら2027年。日本に来るのは、米国の輸出采配を経由した時間差の「波及」である ── この時間差こそが本章の肝。各日付の根拠は前章まで。

◆ 注:日本の「IEA90日ライン(7月中旬)」は本タイムラインから除外した。政府は民間在庫を含め約200日を保有しており、90日ラインは国際義務上の参考線であって物理的な危機ラインではない。これを混ぜると「7-8月に日本が危ない」という誤読を生むため、日本は物理枯渇(年末〜2027年)と波及(米国采配経由)の2レイヤーで別に描く。
6月下旬
EUジェット在庫がIEA危機閾値23日割れ(Goldman)。英国は配給リスク筆頭
米国OECD商業在庫が操業ストレス圏へ(JPM・Capital Economics)
7月初
米国クッシング在庫が操業下限20百万bblに接触 ── WTI現物の発火点(残4.5・月▲4ペース)
7月(GS予測)
EUジェット在庫が20日割れ=より広範な配給へ。米市場ベテランCurrie「米国は7月が問題」
7月末〜8月
米国ガソリン全米平均が$5.02(史上最高値)更新圏=輸出制限の政治臨界。中間選挙まで3ヶ月。ハリケーンシーズン本格化(湾岸に精製能力の5割超)
EUジェット在庫15日割れ(GS)=小空港の閉鎖もありうる水準。夏の旅行ピークと在庫最低が重なる「夏のパラドックス」
8月中旬〜9月下旬
米国SPRが法定下限252.4へ接近(平均▲6百万/週)=通常放出の法的リミット。追加放出には議会関与=交渉デッドライン。「次の弾」の政治コストが跳ね上がる
【波及】米国がアジア向け原油スポットを削れば(§3)、日本の備蓄取崩しが17→20日/月超へ加速し始める
9月末
世界④シナリオ(30%):掃海開始・解放なら、ここから1990年型の急速な往復($80割れ方向)。EIAベースケースは3Q26再開を想定
Q4(数ヶ月内)
中国買い戻し強制の経済的臨界(Oxford研/GasBuddy)。再参入=+300万B/D超の需要再登場+備蓄再建買い ── 原油レジーム切替の最有力トリガー
12月
【物理】国家系備蓄の枯渇(D継続時。米輸出削減重複なら10〜11月へ前倒し)
世界OECD在庫22.87億バレル=統計開始以来最低・50日分(EIAの再開ベースケースですら)
年末〜1月
米国SPRが機能下限70百万bblへ(現ペース機械延長)── 価格抑制の弾薬の物理的消滅
2027年前半
世界Dシナリオ(30%):掃海開始・中東直行が順次復帰。ただし湾岸の一部生産は予測期間内に戦前水準へ戻らない(EIA)
2027年中頃
【物理】民間備蓄込みの理論限界((110+92)÷17≒11.9ヶ月/死蔵20%補正後はそれ以前)。実務の床は27年初頭〜春

核心 ── 「7-8月の臨界」は欧州ジェットと米国の話。日本は時間差で受ける

本タイムラインで7-8月に物理的な臨界を迎えるのは欧州ジェット(23→20→15日)と米国(クッシング床・ガソリン$5)の2点に集約される。日本自身の備蓄はこの時点でまだ厚い。だが日本の調達はすでに米国采配圏(大西洋圏)に移っており(§6)、米国が7-8月に床を守るため輸出を国内へ引き戻せば、その瞬間に日本の備蓄カウントダウンが加速し、物理枯渇が年末→10-11月へ前倒しされる。つまり日本にとっての7-8月は「自国の枯渇」ではなく「米国のスイッチが入るかを見る月」。欧州ジェットの15日割れと米ガソリン$5は、そのスイッチが入る前兆指標として監視すべき2つのシグナルである。

Critical Insight
レジーム切替の日付を決めるのは、日本の備蓄ではない。
米国の現物在庫(7〜8月)と中国の買い戻し(Q4) ── 2大国の自国都合である。
日本はその切替後の高値で、残りの備蓄期間を買い続ける側に立つ。
SECTION 08 ── HYPOTHESIS LAYER

⑧ 思惑仮説 ──「上がらない原油価格」は誰の作品か

◆ ここからは仮説の章です。前章までの一次情報・実測値を土台に、「こういう思惑・構図の可能性があるのではないか」という解釈レイヤーを提示します。事実と区別するため紫で表記します。

仮説A ── 米国:価格抑制ではなく「エネルギー覇権の再構築」

観測された事実:①大統領は3月以降「イランとの合意」を38回予告し、停戦ヘッドラインのたびに原油は売られた(市場にはTACOに続き「NACHO」という略語まで誕生)。②SPRから史上最大の放出。③その裏で原油輸出は史上最高(アジア向けは5ヶ月で約3倍)、製油所は数年ぶりの高マージンで輸出を最大化。④1月にベネズエラ石油部門を掌握し、大統領自ら「ハルク島を奪取し、ベネズエラと同様に彼らの石油ガス市場を完全支配する」と明言。──これらを一本の線で結ぶと、目的は価格を下げることではなく、世界の蛇口(供給源・輸送路・顧客)を米国の采配下に置くことであり、価格の静けさはその副産物、という読みが成立する。日本・韓国・欧州が90日で「米国の顧客」になった事実は、この仮説の最も重い傍証である。

仮説B ── 中国:鏡像の自衛。「米国の戦争」の請求書を払わない

中国の▲320万B/D(世界調整の74%)は経済合理だけでは説明が窮屈なほど「不釣り合い」。米国主導の戦争で高騰したドル建て原油を高値で買い支える理由は北京にはなく、不透明な14億バレルで耐久戦に持ち込めば、①高値負担の回避、②米国を「ガソリンインフレで自滅」させる圧力の温存、③戦後はイラン原油を割安で確保 ── の三点が同時に立つ。米中は理由が正反対のまま「いま価格を上げたくない」で利害が一致しており、「不自然に上がらない原油価格」は2大国の思惑の交点に立つ人工物、というのが本仮説の核心。

反対仮説(併記):ロイターRussell氏は「利他でも戦略でもなく価格・供給環境への経済合理的反応」と指摘。実際、イラク産は79万→6万B/Dへと「買えない強制減」も大きい。▲320万のうち裁量部分(製油所稼働削減・輸出停止・備蓄切替)がどれだけかが、仮説Bの強度を決める ── ここはKpler国別データでさらに検証の余地がある。

仮説の帰結 ── 日本にとっての意味

仮説A・Bがともに正しければ、「上がらない原油価格」は2つのスイッチに挟まれた静けさである。米国のスイッチ(7-8月、ガソリン$5・中間選挙)と中国のスイッチ(Q4、買い戻し強制)── どちらが先に入っても、レジームは$150側へ跳び、その瞬間に日本は「米国の蛇口の最前列の客」として、切られる側・高値で買う側・備蓄を加速して失う側の三役を同時に演じることになる。原油の安さを安心材料として報じる言説は、緩衝材の存在を価格の正常化と取り違えている ── これが本レポートの最終的な反論である。